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南の島のジュディス 崎山克彦
連載第55回目が追加されました。ジュディスの略歴に加え、作者やカオハガン島、ジュディスの留学先も紹介しています。ぜひご覧ください。
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2003年秋、フィリピンの小さな島・カオハガン島から、日本の大学への留学生が誕生しました。少女の名前はジュディス・タリ。彼女が選んだ大学は、世界中から留学生が集う、立命館アジア太平洋大学。「自然環境を守るあらゆる努力をし、それを次の世代に伝えていきたい」という夢を実現すべく、少女は日本への旅立を決意したのです。
そんな彼女を幼少時代から暖かく見守ってきた、カオハガン島の崎山克彦氏によるエッセイがこの「南の島のジュディス」です。ジュディスの日本での生活の様子や、彼女から崎山氏への手紙なども紹介される予定です。
ベストセラー「何もなくて豊かな島」(新潮社)から8年、崎山氏とジュディスがお届けする爽やかな南の風。
『世界キルトカーニバル名古屋 2004』でジュディスがスピーチをしました。
その模様が映像でご覧いただけます。(ブロードバンド環境を推奨します。)
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更新履歴

10/4「第56回」追加
8/31「第55回」追加

2003/02/17 連載開始
第56回「卒業」(10/4更新)

第56回「卒業」

  今回も、私「南の島から」事務局長の原育美が、崎山に代わって書かせていただきます。よろしくお願いいたします。
 9月14日、ジュディスが立命館アジア太平洋大学(APU)を卒業しました。
 卒業式には崎山が出席できませんでしたが、私の他に、このジュディスの留学を支援してくださったジュディスのための奨学金基金の中園さんと和歌山大学の小畑先生が、お忙しい中出席してくださいました。そして、中園さんの息子さんでジュディスと仲良しのカズキくん、ジュディスの実姉で日本にお嫁に来たベロニカ、元カオハガン・ハウスのスタッフで現在熊本で農業をしている小川夕さんと旦那さんのトレス(カオハガン出身)が出席しました。その他に、留学からお世話になっている浦野さんご夫妻(奥様がフィリピンの方)、アパートで一緒に住んでいたフィリピン人学生たち、アパートの大家さん、学友たち…。たくさんの人に見守られ、ジュディスは卒業したのです。
 赤いガウンと学帽を身に付けたジュディスは、喜びと希望、自信にあふれた顔をしていました。が、式典が終わり卒業証書をいただくまでは少々不安気な顔もしていました。卒業証書をもらうまでは、なんだか信じられない気持ちでいたのかもしれません。かくいう私も不安でした…。APUの案内に、証書をもらうには何やら申請が必要とあったので、実は14日別府に駆けつけた時、ジュディスの顔を見た瞬間「おめでとう」の前に「ちゃんと申請とかは全部やったよね!?」と言ってしまったほどでした。
 卒業証書を受け取り、皆さんと写真撮影。写真におさまった顔は更に喜びにあふれ、また、「大人になったなぁ」と思いました。たくさんの方々に支えられこの4年間を過ごすことができましたが、ジュディスも頑張ったなぁと感慨深かったです。
 思えば、4年前、島で合格の通知をもらった時、嬉し泣きしていたジュディスと一緒に大喜びしたのが昨日のことのようです…。
 日本に来た時は、ほとんど日本語を話せず希望の中にも不安でいっぱいで、妙におとなしかったジュディス。寮での生まれて初めてのひとり暮らしに、淋しくて泣いてよく電話をしてきたジュディス。日本語の授業の単位を落とし、大泣きしていたジュディス。動物園で初めて見る動物たちに驚き喜び、子どものようにはしゃいでいたジュディス。初めて雪を見た時、思わず電話をしてきたジュディス。日本の方々のおかげで各地へ行きいろいろな経験をさせてもらい、その様子を毎回楽しそうに話してくれたジュディス…。
 卒業式の後、中園さん、小畑先生、APUの大島さんらがお祝いの食事会を開いてくれました。リラックスし、まだ日本に来たばかりのベロニカや日本1年生のトレスにビサヤ語でいろいろなことを説明しすっかり先輩顔のジュディスでしたが、大好きな鶏の唐揚げ、天ぷらを出していただき蔓延の笑。そうそう、すっかり大人になったジュディスはビールも少しいただきました。
 そんな中、皆さんからお祝いの言葉をいただいていたジュディスに、姉のベロニカが「私たちカオハガンの人間は、まだ、皆さんからの支援がなければ妹のように留学することはできません。チャンスをいただき、支援もしていただき、本当にありがとうございました。そして妹もとてもよく頑張ったと思います。すごいことだと思います…」と涙してお祝いの言葉を贈っていたのが印象的でした。
 そしてジュディスも、すっかり上手になった日本語で、言い尽せない感謝の気持ちを涙とともに述べました。そして、「皆さんに恩返しをするにはこれから日本で“恩返し”という言葉が出てきたことに、私と小川夕さんは思わず顔を見合せました。「カオハガンの子が“恩返し”という言葉を発するなんて…」とふたりで驚いていたのです。ジュディスは、自分の経験、学業をどう生かしていくか、自分の、そしてカオハガンの自立を真剣に考えることができるようになったのだと思います。本当にジュディスはとても成長したのだと思いました。
 そして、私は、ジュディスの留学から日本での生活、就職活動にまで尽力してくださった中園さんの言葉が忘れられません…「あきらめないでよかった」…“あきらめない”。ジュディスの留学試験、ビザの問題、就職のこと、すべてが万事うまくいったわけではありません。「やっぱり難しい…無理かもしれませんね…」そんな言葉が何度行き交ったことでしょう。でも、小畑先生、中園さんたちがあきらめずに力を尽くしてくださったおかげで、この卒業を笑顔で迎えることができ、私も共に学ぶことができたのです。ジュディスも努力の大切さを改めて胸に刻んでくれたことと思います。
最後になりますが、ジュディスを支えてくださったたくさんの方々へ、この場をお借りし心より御礼申し上げます。
 Daghang salamat. ありがとうございました。

そして、ジュディスからの“恩返し”…彼女の明るい未来をこれからも見守ってください。

「南の島から」原 育美

学部長から卒業証書をいただいて
記念撮影。
モンテ・カセム学長と。
みんなで記念撮影。
左から、中園さん、和歌山大学副学長の小畑先生、カズキ君、 ジュディス、加瀬、 トレスさん、小川さん。
お祝いの会の後は温泉につかって
リラックス。

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